2016年6月22日水曜日

第94夜 勝負を絞るという考え方

▼勝負レースって何だ
しばしば巷間と異なる意見を持つわたしだが、「勝負レースを絞る」という考え方にも疑問を抱いている。
レースを絞る可否は、的中率と回収率の改善度合いによるので、一概にどちらが正しい、と断定できるものではない。
むしろ「絞り方」である。
「自信のあるレースに絞る」というものだ。
もしも、自分の選択がオッズと似ている、即ち世間と大きく離れていないなら、この行動はどうであろう。
自信のあるレースとは、出走馬の顔ぶれから上位入着馬を誰でも予想できるレースであるとも言える。
自然、人気馬になりがちである。
そうするとオッズは低いために的中率を大きく改善できるくらいでなければならない。
実際には、そこまで的中率を上げられず、結果として長期間黒字を維持できる人は少ないのではないかとわたしは感じている。
勝負レースを絞る行為自体は、次項で示すように、否定されるものではないが、絞り方について言えば安全策をとるほど自らの首を締める怖れがあるのだ。
リスクを取らなければリターンを得られない。
もちろん、自信があるイコール人気馬ではないので、常に不人気馬が本命になるような予想法の場合にはレースを絞ることに問題はない。
わたしは事前にオッズを確認しないので、人気サイドでも穴馬でも一律に購入するが、配当に驚くことはある。

▼レースを絞ること
レースを絞る必勝法というのは、一定の条件下では的中率、回収率とも申し分なく、条件に合致しない場合には適用できないので非該当のレースを見送る、というケースに限られると考えている。
マイル以下のダート戦であるとか、良馬場の芝であるとか、あるいは騎手と馬の組み合わせなど、そういった条件である。
だが、残念ながら、レースを絞るという行為も、大半の人では、最終的に収斂する自分の予想における回収率に辿り着く時間を遅らせるくらいの効果しかないとも思っている。
的中率をたかだか数ポイント改善したとしても、それによって回収率を大幅に改善できることはまずないからである。
もし、黒字になる予想法を確立しているのならば、賭ける機会が多いほど良い。
そうでないから絞らざるを得ない。
レース前の「なんとなく勝てそう」という、ぼんやりとした自信は危険である。
(SiriusA+B)

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