2021年5月23日日曜日

第330夜 白馬の王女さま、セクレタリアトの心臓

 

毛色と無関係
まもなくオークスのゲートが開く。

白毛の馬が2020年阪神ジュベナイルフィリーズに続いて2021年桜花賞を制した。
白毛の馬が(日本の)G1を制したのは初めてだという。
ソダシの母はブチコで、血統上はG1を勝っても不思議ではなかった。
毛色が珍しいということである。

ご承知のとおり、毛色と競走能力は無関係とされる。
半世紀ほど前には、芦毛馬は夏が云々とか、父馬と同じ毛色の馬は走るだとか、よく言われた。
芦毛でさえオグリキャップが活躍するまでは「弱い」とされていた。
本格的な統計は無い時代である。
経験値というより目立つ容姿で走るゆえ強く印象に残って、そういう怪しげな格言みたいなもの(大昔なら「眉唾物」(まゆつばもの)、今でいう「都市伝説」)が生まれたものと思われる。

サラブレッドとは、「純粋培養のエリート」ではなく、血統管理された馬を言う。
バラバラの馬たちが登録されてサラブレッドになったのである。
芦毛や白毛の遺伝子が持ち込まれ、受け継がれてきた。
だから毛色のバリエーションがある。
突然変異で毛色のバリエーションが生まれたのでは(ほとんどの場合)ない。
長く芦毛の馬が活躍しなかったのは、サラブレッドとして登録されたファミリーの問題で、優秀な父系の交配が続いて底力が上がってきたものと思われる。
白毛も同様であろう。
能力と毛色が無関係でなければ、毛色も淘汰が進んでいただろう。
わたしはこのブログで牝系について言及することが多いけれど、牝系の「強化」には種牡馬が影響しているとみている。
サンデーサイレンスの仔が軒並み走ったのは母系の底上げになっているからと言えるのではないか。
同じ牝系でも、交配によって遺伝子の半分近くは入れ替わるのだ。
もちろん牝系からしか受け継がれない遺伝子はあるが。

心臓
毛色と能力の因果関係を考えた昔の話は、わたしたちが知識を進化させた証拠と言えるが、わたしたち個々の人間の能力が高まったわけではない。
現代、遺伝子の働きが明らかになったとはいえ、研究成果について知識を得ることができるようになっただけであり、仮にそうした研究成果が世間に広く知られることがない環境だったら、おそらく今でもまことしやかに毛色の「格言」を口にしていただろう。
一般に、日常生活で目にできないものは、研究成果の知識が広まることで初めて常識化していく。
新しい知を土台に未知の領域が少しずつ開拓されていくのだ。
遺伝子は誰もが簡単に見えるものではないが、もう少し見えるもので言えば、セクレタリアトの心臓が挙げられるだろう。
死亡時に解剖され、並外れた心臓の大きさが明らかにされた。
10kg
以上あったという。
並みの馬が4kgくらいとされているから、1.5倍あったということである。
競走馬の能力は心肺機能が先ずあって、持続的な訓練によりそれが強化されることで差がつく。
鼻の穴の大きな馬は走る、と未だわたしが駆け出しの頃、パドックで隣のおじさんに教えてもらったことがあるけれど、確かに酸素の取り込みには有利かもしれない。
ただ、外から見える心肺機能の優劣はこれくらいでしか分かりそうもない。
「ダブルコピー牝馬」ということばでも知られるファクターXと言った理論もあるが、真偽はともかく、直接調べることのできないわたしたちには、こうした遺伝的研究が進むのを待つしかない。
ただ、統計を使えば専門家に任せるしかないものも(相関性だけは)分かることはある。
大量の馬データ、ビッグデータはある。

最後に蛇足だが、遠く遡れば、そして血統書を信じるなら、両馬は同じ2号族である。
毛色は無関係だが、両馬はまったく無関係ではない(と思われる)
(SiriusA+B)

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