▼大数の法則
冒頭におことわりするが、わたしは文科系なので、数学に疎い。
用語の使い方や考え違いにはご容赦いただきたい。
大数の法則とは、試行回数を重ねることで、出現回数が理論値に近づいていくことをいう。
競馬予想の世界では、控除率を差し引いた回収率75%に収束するかしないかで、真っ二つに分かれている。
わたしも数学の知識に乏しく、どちらの意見が正しいのか、ほんとうのところはわからない。
ただ、わたしなりの見解を申し上げると、以下のようになる。
「大数の法則から免れることはできないし、収束はするが、全員が75%になるわけではない」
まず、大数の法則と収束について。
収束するのはずいぶん先のことになるかもしれないが、試行回数を充分重ねていけば、一定の回収率に落ち着くことになるだろう。
もっとも、ずいぶん先と言ったが、わたしの本音を言えば、1000回くらいの試行回数でもある程度結論は出ると思っている。
プロ野球の打率は、わかりやすい例である。
開幕当初、打者によっては、打率7割を超えたり、1割台と低迷したりする。
それが、シーズンの終了間際には、だいたい2割5分から3割台前半になる。
規定打席はシーズン当たり数百回であるが、5割や6割台の打者がいないところをみると、多少の誤差があるにせよ、おおよそ実際の運用に足る収束をしているとみていいだろう。
最終的に収束するということは、大数の法則に当てはまっているということである。
▼宝くじとの違い
しかし、わたしは「参加者全員が75%に収束する」という主張には異議がある。
宝くじやサイコロの目と異なるのは、競馬予想に巧拙がある点である。
宝くじでは、全員が同じ予想水準だと考えるとわかりやすいだろうか。
その場合なら、参加者全員が、最終的に75%に収束するだろう。
競馬予想の場合、収束する回収率は、それぞれの予想技術による。
ネット時代に入り、情報は容易に入手できるようになったとはいえ、その解釈、加工技術には大きな個人差が存在しているとわたしはみている。
予想のできない宝くじとの違いはここにある。
例えば、回収率90%の予想力があれば、早晩、90%に落ち着くだろう。
70%の予想力なら70%に、105%の実力者なら105%に近づいていく。
その全体の平均が75%であるだけである。
注意すべきことは、平均で75%であることは固定されているため、現在90%の回収力があっても、永続的に90%を保証されない相対的なものであることである(そういう意味では大数の法則に当てはまっていないかもしれない)。
(全員が)75%に収束するという強い主張が多いのには、経験的に75%近辺の回収率者が多いことによるのではないかと推定している。
競馬では、ランダムな買い方でも70%を超える。
このことが意味することは、負け組でも大半は70%を回収しており、テラ銭を考慮すると、勝ち組の「原資」は極めて少ないということである。
勝ち組が非常に少ないこと、予想参加者の回収率の分布が75%近傍に集中していることのが想像され、このことが、なかなか成績の上がらない多数派に「全員が75%収束論」を支持させていると考えている。
美しい紡錘形ならば、75%を頂点に70%から80%の区間に95%の投票者がいる可能性もある。
(SiriusA+B)